RIDLEY(リドレー)とは その3

2020.08.27

夢への一歩

自転車の設計・溶接・塗装など自転車製造に関することをマスターし手応えを感じたヨーキムは、1997年に自分の理想的な自転車を作るためRIDLEYブランドを立ち上げ、夢への一歩を踏み出しました。

 

その理想とは、「耐久性」「剛性」「走行性能」のバランスを優先し、独自の個性を反映させたバイクを製作することでした。

ブランドを立ち上げた当初は地元でしか販売していませんでしたが、数年後にはベルギー国内での販売シェアを伸ばしレースバイク市場でマーケットリーダー的存在となりました。

2002年にヨーロッパ諸国への進出に向け事業拡大を目指し、ベルギー本社を2,500㎡から5,000㎡まで大きくし、ヨーロッパ諸国に優れたバイクを届けるため会社組織を再編成しました。

翌年2003年、RIDLEYの名作となるダイアモンドシェイプチュービングを採用したDamocles(ダモクレス)を満を持ちして発表。

ダイアモンドシェイプチュービングとはダイアモンドのような五角形の形状をしたチューブのことです。

 

この頃は日本での販売は無く、RIDLEY担当者が2003年か2004年に海外ショーに行った時、私の目に飛び込んできたのが独自の個性を反映させたダイアモンドシェイプチュービングを採用したDamoclesでした。当時、日本で扱えないか話をしましたが日本(アジア)はまだ体制が整っていないと丁重に断られた覚えがあります。時を経てRIDLEY担当者になれたことが嬉しいです。

 

そしてDamoclesは世界的にヒットし、2004年にRIDLEYブランドは世界的に普及することとなりました。

翌年2005年にはトッププロチームであるダヴィタモン・ロット(現ロット・スーダル))へのバイク供給を開始。

トッププロチームへのサポートでさらに追い風を受けたRIDLEYは8年という短期間のうちにベルギー屈指のトップブランドへと成長しました。

2010年に12,000㎡あるリンブルフ州のパール・べリンヘンに移転。

現在もここがRIDLEYの本社です。

 

2011年にはRIDLEYの研究開発と革新的な技術、ベルギー屈指の自転車ブランドを育てた功績が認められ、ヨーキムは地元リンブルフ州の若手実業家のマン・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。

 

堅実なヨーキムの性格と「まずは会社を大きくして下地を固めること」、そして「独自の個性を反映させたバイクを製作すること」でトップブランドへと成長して来ましたが、この成長を支えたプロチームとのパートナーシップも大きな要因です。

 

次回「RIDLEY(リドレー)とは その4」につづく

 


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